アリエル・シャロン − かくして、彼は絶大になった

小田切拓

(岩波書店「世界2006.4」寄稿原稿)

■■■パレスチナが食えない理由 ― ガザの場合

 パレスチナが失ったのは、土地だけではない。イスラエルによる38年間の占領で、パレスチナの経済基盤は消滅したと言っていい。さらに、経済活動そのものを行えないようにする仕組みを、イスラエルは完成させようとしている。

 地政学者デヨンの整理した項目、1.と2.に話を戻す前に、まずイスラエル軍の存在がなくなり、邦字紙に「占領が終わった」と誤報されたガザの例を示す。

 1月15日、パレスチナ人による攻撃の可能性があるとして、イスラエルは、ガザ北西部にあるカーニーという検問所を封鎖した。この場所は、ガザへの物資の搬入、搬出のために設置されている。

 国連は、二週間以上検問が開かなかったことによる損失額は、八億円に上ると発表している。

 ガザ南部のエジプトとの国境は、EUの監視の下、出入国が比較的容易になったものの、それ以外は、特に外部との物流はイスラエルの管轄下に置かれたままである。そのため、一度検問が閉じれば、以上のようなケースが自動的に起こる。

 世界一とも称される人口密度の上、特にパレスチナからイスラエルへの物資の搬出は厳しく制限されているため、ガザの経済、特に第二次産業の成長はありえない。一方、イスラエル製品については、検問さえ開けば搬入は容易だ。

 ガザの経済は、今もイスラエルに依存しなければ存続しえない構造にある。ガザの占領は終わっていない。

 東京23区の半分余りの土地の中には、130万人のパレスチナ人が存在する。その8割以上が、難民とその子孫である。

 ガザは、40年近く、金属フェンスで囲われてきた。そこで住民たちが生活しえた理由を二つに大別する(イスラエルでの労働についてはここでは触れない)。

 一つは、国際社会が食糧などを支援したこと。

 イスラエルがいなくなった現在も、たとえば復興やインフラ整備の名目の支援金は、マネーフローとして経済成長に繋がらないのは確実である。つまり金は、家畜への餌のように消える。

 二つ目は、イスラエルがガザの中に工業団地を設営したこと。

 30年以上前、イスラエルの管理する工業団地がガザに設置された。経済発展が阻害された環境で、行き場のないパレスチナ人はここで働き、イスラエル企業から収入を得た。そして、2000年からの5年間のように反イスラエル的な動きが起こると、この工業団地は封鎖され、失業率は一瞬にして上がった。

 ハーバード大学中東学研究所に籍を置く研究者サラ・ロイは、「Gaza Strip」の著者として名高い。10年にわたるフィールド調査と、当時の政治文書の分析などを元に、イスラエルが如何にガザを統治してきたかを明らかにしている。

 05年に出版された、国際社会からのパレスチナ支援についてまとめた「AID, DIPLOMACY, AND FACTS ON THE GROUND」に寄稿した論文の冒頭で、ロイは以下のように明言している。

 「双方にとって受け入れが可能で、かつイスラエルによる占領を終結させるような、イスラエルとパレスチナの間の紛争における政治的決着がなされなければ、ヨルダン川西岸地区やガザ地区での経済開発は行われ得ない」

 さらに、去る2月の彼女へのインタビューで、「西岸地区は、ガザと同じ構造に置かれようとしているのではないか?」と見解を求めると、そうとしか考えられないと返答した。さらに「パレスチナの『隔離』は、表現こそ違えど、以前から常に計画されてきた」と、西岸地区で予想される経済管理について、その危険性を示唆した。

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オマル・ムーサ × 小田切拓
(岩波書店「世界2006.8」寄稿原稿)
(岩波書店「世界2006.4」寄稿
(岩波書店「世界2004.5」寄稿原稿)
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