ハマスの6か月<民主主義>は、瓦解するのか

オマル・ムーサ × 小田切拓

(岩波書店「世界2006.8」寄稿原稿)

■■■ ハマス政権、樹立後の動向

 今年一月のパレスチナ評議会(国会に当たる)選挙戦でハマスが勝利したことが、パレスチナの政治情勢に劇的な変化をもたらした。

 PLOで主流派を構成するファタハは、パレスチナで最も長い歴史を持つ政党であり、40年前からパレスチナの伝統ある解放運動を主導してきた。パレスチナ人は、過去二世代にわたり、ファタハがアラファトをトップとする抵抗運動の主要機構であると見てきた。

 が、この20年で事態は変わった。または、過去20年間に、特にパレスチナの占領地域の中で変化が始まったという表現が適当かもしれない。パレスチナ社会は1970年代後半までにイスラム主義の復興を経験した。カリスマ的指導者だったアフマド・ヤシンを中心に創設されたハマスは、87年と2000年、二度にわたるインティファーダにより、まず、イスラエルという敵と戦い占領に抵抗するという面で、強い支持をえた。同時に、活動を開始した当初から、ハマスは、幅広い社会サービス網の構築にも真摯に取り組んできた。ハマスは、孤児や身寄りのない人々、貧しい人々に手を差し伸べる組織であると評価され、抵抗のための運動体という枠を超えた。こうした長年の積み重ねが、2006年1月の選挙結果として結実したといえる。

 が、一方でそれはファタハの根幹が揺らいだということでもあった。落胆した若手メンバーは幹部に対し議席を失った責任を追及し、ファタハの改革を迫った。

 ファタハ内部の激しい対立はいまも続き、特に、若手リーダーと守旧派の見解は大きくかけ離れている。実際のところ、ファタハは多くの派閥に分かれてしまっていて、それが、パレスチナの政局に反映している。「反ハマス」という打ち出し以外では、もはや統制がとれない、という指摘もある。

 今年三月に行われた組閣に際し、ハマスは、ファタハを含むパレスチナの全政党に呼びかけ、政党への参加を求めたが、各党間の違いのために実現しなかった。特にファタハについては、「政治クーデター」を画策していると、ハマスの指導者がファタハの守旧派首脳陣を糾弾するまでにエスカレートした。(こうした非難に対し、ファタハは即差に否定した。)

 今、議論されている「政治犯の文書」と呼ばれる政治プログラムに、ファタハの現在が集約されている。5月半ばに、前触れなく発表されたこのプログラムを楯に、アッバース大統領は、ハマスとの激しい政治論争を開始した。5月25日、このプログラムに従って、10日以内にイスラエルを承認しなければ、住民投票を行うと大統領は宣言した。以下が、同プログラムが掲げる18項目のうち、議論の俎上に上げられている内容である。

  • イスラエルが67年の第三次中東戦争で占領した西岸とガザ、東エルサレムにパレスチナの独立国家を樹立し、ファタハとハマスなど全勢力の挙国一致政権をつくる。
  • イスラエルに対する抵抗闘争はこれらの地域の中に限定し、イスラエル領内での自爆テロなどを放棄する。

 このプログラムは、イスラエルの刑務所に収監されているパレスチナ人政治犯によって起草されたことから、「政治犯の文書」と呼ばれている。当初、囚人となっているファタハ、ハマス、イスラム聖戦といった各派関係者が共同で発表した「政治犯の文書」だが、6月に入って各派がたて続けに署名を撤回し、今は名実共にファタハの政策と捉えられている。

 が、アッバース大統領は、「今後パレスチナが取るべき政策課題」として、導入を強行している。現在、このプログラムを受け入れるかどうかの協議が、パレスチナにおける全ての会派のリーダーによって行われており、協議が7月25日までに決着しなければ、ことの是非が住民投票で問われるという。

 ハマス政権は、この住民投票についても「不要」という対応をした。1月の選挙で、ハマスの示した基本方針はすでに承諾されており、従って「住民投票になんら合理性はないし、無意味である」というのがハマス政府高官の見解だ。

 パレスチナの基本法(憲法)には、住民投票についての条項はない。つまり、これは大統領による強権発動という解釈ができる。こうした無理難題に対しハマスが強硬手段に出れば、パレスチナ人の誰も望むことのない「内戦」も考えられる。そのため、できる限りの調整が試みられている、というのが実情だ。

 先日、一人の著名なコメンテーターが、パレスチナの日刊紙で以下のように述べていた。今回住民投票が行われることになれば「重要事項に関して、パレスチナ人が初めて行う住民投票になる」

 彼によれば、この住民投票は合法性に多くの疑問を残している。住民投票は「オスロ合意」について、あるいはイスラエルの「生存権の承認」の是非といった、限定された最重要議題について行われるべきであり、国民の重要事を羅列してそれを問う住民投票は「世界のどこでもやったことはない」、と指摘する。

 一般に、近代民主主義は「代議制」民主主義であり、住民投票によって判断できることは限られている、とする政治エキスパートの指摘には、説得力がある。住民投票はしばしば、「民主主義でない」国々で、選挙の代替策として採用される傾向がある。独裁政権による、新政策導入や大統領任期の改正が目的で、結果が予めわかっているものだという。

 6月中旬、アッバース大統領はガザ地区に入り、ハマス政権のハニヤ首相と会見した。会合は、穏やかなムードで行われたと報じられている。パレスチナ各派、特にファタハとハマス両派による合意の可能性について協議されている。

 ハマスは、ファタハとの争いは「政治的なもの」であり、武力によるものにはしない、という声明を繰り返している。

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