ハマスの6か月<民主主義>は、瓦解するのか

オマル・ムーサ × 小田切拓

(岩波書店「世界2006.8」寄稿原稿)

■■■ ハマスにできること

 「テロ組織」として欧米から無視されているために、ハマス政府が行えることは意外に少ない。「外交」、「金」つまり予算確保、「治安権限」の発揮について、どれも容易ではない。

 外交については、PLO(パレスチナ解放機構)が大きな障害となっている。PLO、つまりその多数派であるファタハは、イスラエルとの間に以下のような合意を結んできた。現行では、PLOの議長は、パレスチナの大統領が兼任している。

  1. イスラエルの承認
  2. 武装闘争の停止
  3. これまで締結された合意の尊重

 故ヤセル・アラファトに率いられてきたPLOは、占領地以外のパレスチナ人を含む全パレスチナの代表として存在してきた。これまでは、PLOの主流派としてファタハがイスラエルとの和平に当たり、同時に、大統領の所轄政党として、さらにはパレスチナ国民評議会の多数派として全権を掌握していた。

 パレスチナとイスラエルが相互承認を行うことで締結された93年のオスロ合意は、イスラエルとPLOとの間で締結されたものである。自治政府は、オスロ合意に基づいて誕生しヨルダン川西岸とガザの両地区での行政機構となった。

 PLOとイスラエルの取り決めでは、自治政府は原則として外交を行うことができない。さらに、PLOによる外交は、ファタハが実権を握り、民主主義的な介入が難しい。

 実は、「政治犯の文書」の項目の一つには、ハマスがPLOに所属することが想定されている。それはハマスにとって、「イスラエルの承認」「武装闘争の停止」「これまで締結された合意の尊重」の受諾に当たる。

 予算の確保においても、「テロ組織」という認定によってハマスは規制されている。アメリカを筆頭に、EU各国や日本は、「テロ組織」への資金提供や武器供与を初めとする接触を国内法で禁じており、ハマスが政権に就いた直後に「支援」の停止が決定された(後述)。国連さえも、ハマス政権との接触を制限する方針を発表した。

 さらにハマスは、政府直轄の治安部隊を設置することにさえ苦労している。その攻防は、滑稽にさえ映る。

 パレスチナの基本法には、大統領が治安部隊の統括権を持つことが明記されてはいる。が、それが政府による一切の関与を否定するものだと欧米が解釈しているとすれば、危機的である。

 実は、今年5月にハマス政権は内務省所属の新たな治安部隊を組織し、約3000人をガザ市に配備した(ファタハ系の治安担当者・警察官は6万人以上いる)。これにファタハは過剰反応し、圧倒的多数のファタハの部隊と、ハマスの部隊が衝突。ファタハの武装勢力が首相府を占拠し、放火する事態まで起こった。

 結局、ハマスは部隊の人数を減らし、ファタハと共同体制をとると発表。アッバース大統領は、暗殺の危険があるとして、海外から武器の供与を受ける許可をイスラエル政府が下し、3000丁のM-16ライフルがファタハに渡った。

 ガザ地区から外に出る出入り口は一つ、エジプトとの国境であるラファ検問所であるが、そこは、今もファタハが管理している。イスラエル軍のガザ撤退後は、EUの監視団がパレスチナ自治政府と共同で検問を管理することになっていたが、EUはハマスを拒絶し、アメリカの口添えもあって、結局ファタハの治安部隊が、今もこの場所を管理している。

 「外交」「金」「治安権限」の全てが制限されていても、行政を止めれば人々の生活が破綻する。ハマスには、政府としての責務がある。

 7月上旬、小泉首相が中東を歴訪する。イスラエルとパレスチナに加え、ヨルダンを訪問するが、ハマスとは接触しないという。アッバース大統領とのみ、和平について協議をすることが決定している。

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オマル・ムーサ × 小田切拓
(岩波書店「世界2006.8」寄稿原稿)
(岩波書店「世界2006.4」寄稿
(岩波書店「世界2004.5」寄稿原稿)
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